「巨瀬町の歴史散歩」
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十一、宮 瀬
1、宮瀬の名称について
宮瀬の宮は祇園宮をさすものであろうと考えられる。つまり祇園宮の方から流れ出る清流に清められ、豊かな恵みを受けて栄えるという意味であろう。
2、古銭の出土
昭和53年秋、宮瀬上の大江克太郎さんが川向こうの畑を耕運機で耕作されていた時、沢山の古銭が出土した。開元通宝・皇宋通宝・熈寧通宝・祥符通宝・政和通宝等北宋銭・唐銭などで、平安から鎌倉時代にかけてのものと言われているが、宮瀬村は弘法大師伝説の土地なので人々から大いに注目されている。
3、村祈祷の大念珠百万遍供養
宮瀬には八畳の間一杯に広がる程の大きな数珠がある。これは村祈祷(虫祈祷等)に使うもので、大勢の者がこれを持って信心するのである。大念珠回しの百万遍仏供養は平安時代から伝わっていて、歴史の古い貴重な歴史的伝統行事なのである。宮瀬の他、柳・安元・袴掛・其尾などの部落にもこの行事は行われている。
4、陣山について
大正三年発行の巨瀬村誌によると「片見」という所に物見小屋などの遺跡があるということだ。これは、永禄三年(1560)出雲の尼子軍主将山中鹿之助の率いる数千騎が、松山城を攻めんとして其尾に陣を布いて戦った当時に、遺したもといわれている。